こんにちは、フレーベルスタッフです。
今回は僕のプライベートブログをご紹介します。

 

 

今回は、観光地化された、犬山城下町犬山城を訪れました。
犬山城を訪れるのは、今回で三回目。多分、小学校の遠足と個人での犬山観光以来で、約30年ぶりと思われます。
当時は、国宝だから特に凄い、という認識はなく、随分こじんまりしたお城のイメージしかなく、また、城下町自体も観光化されていないと思われたので、全くスルーしていました。(40年前に行った、小樽の運河も同様に観光地化されていなく、スルーしました。)

 

 

それでは、初めての城下町散策です。
今回は、車でなく名鉄を利用しました。
名鉄犬山駅で観光マップを手に入れ、歩くこと、10分程で、メインの本町通りです。
たくさんの飲食店が存在しており、昼食をとったり、食べ歩きが楽しめそうです。

 

 

途中で、気になる旧家がありました。
登録有形文化財の「旧磯部家住宅」です。入場料は無料です。
呉服商から製茶・販売業を営んでいたそうです。
幕末から明治初期にかけて建築されたもので、平成16年(2004年)に磯部家から市へ寄贈されました。(※犬山城も全国唯一の個人所有の城として保存されてきましたが、平成16年に財団法人犬山城白帝文庫所有となり、犬山市が管理しています。)

 

 

奥まで細長い敷地で、一番奥の展示蔵では、昔の遊びを再現していました。
屋根の形状が特徴的で少し曲線がかっています。
犬山城近くに、犬山本丸スクエアがあり、飲食スペースの奥に「犬山忍術道場」があります。
そこは、1回400円(10枚)で、手裏剣投げ体験ができます。
‘超町人!チョコレートサムネット’のTV番組で紹介されていましたので、寄ってみました。
結果、手裏剣は意外と難しく、3人挑戦して、誰も的に当たりませんでした。
特に混んでいなかったので、不憫におもった店主が手品のようなものを披露してくれて楽しめました。

 

 

城の麓には、「三光稲荷神社」がありました。
ここは、犬山城主成瀬家の守護神で家内安全・商売繫盛・縁結びなどのご利益があるようです。
「猿田彦神社」・「姫神神社」・「銭洗稲荷神社」も境内にありました。ピンクハートの絵馬が女性に人気のようです。

 

 

また、連なった赤い鳥居が写真映えするため、海外の人が写真を撮っていました。。

 

 

「三光稲荷神社」を登り、大手門で入場受付を済ませば、いよいよ「国宝犬山城」です。
犬山城は信長・秀吉・家康(天下人)が手にした名城です。
天文6年(1537年)頃に織田信長の叔父・信康により築城されたといわれています。
天守は現存する日本最古のもので、昭和10年(1935年)に国宝に指定されています。
また、国宝で唯一、天守最上階を取り巻く回廊(廻り縁)から、外に出ることができます。(※秀吉軍と織田・徳川連合軍の戦いである、‘小牧・長久手の戦い’で、この城が深く関係しています。当時の犬山城主で織田家の家臣中川定成が伊勢に出陣している隙を狙って、大垣城主池田恒興が犬山城を急襲・占拠。のちに秀吉軍の拠点となり、小牧山城に陣を構えた織田・徳川連合軍と対峙する歴史的舞台になりました。ちなみに、池田恒興は後の、‘三河中入り作戦’で討ち死にします。これは、NHKの『徳川兄弟』でも、取り上げられています。しかし、蟹江城合戦で負けた滝川一益は出てきましたが、犬山城はでてきませんでした)

 

 

それでは、城内の紹介です。
先ず、入口の右側に櫓に囲まれた杉の木が目立ちます。これは、神木「大杉様」です。
元々、犬山城よりやや背が高く、伊勢湾台風の際に落雷があり、その後、枯れてしまいました。
それ以降、地元の住民が、この木が犬山城の身代わりになってくれたとして、しめ縄をして祀っているそうです。

 

 

犬山城は外から見ると、三重、中は四階の三重四階の構造です。地下1・2階の穴蔵が出入口です。
1階には、城主が‘小牧・長久手の戦い’で身にまとった兜・甲冑が展示されていました。
中央部に4室部屋があり、その周りを武者走りか取り巻いています。端には、付櫓があります。
2階は、中央が武具の間で、その周囲を武者走りが巡っています。

 

 

3階は、破風の間で、南北が唐破風です。
4階(望楼)は、赤いじゅうたんが敷かれた高欄の間を廻縁がまわる望楼となっています。
外に出て、周辺の景色を見ることができます。

 

 

最後に、犬山城の「御城印」を購入しました。限定3000枚の金の特別御城印です。
久しぶりの犬山城でしたが、年を重ねて古いものに興味を持った今、大変楽しむことができました。
今までに、国宝五城(姫路・松本・彦根・犬山・松江)の内、彦根城以外は訪れており、年内に彦根城を訪れてコンプリートしたいと思います。