
「なんだかモヤモヤする」「心がざわつく」。そんな気持ちを、うまく言葉にできないまま抱えてしまうことは、ないでしょうか。
今回のインタビューのテーマは「対話」です。自分だけで考え込むと思考がぐるぐるしてしまうときも、誰かに話を聴いてもらい、自分の言葉にすることで、少しずつ整理がついていく——。障害者雇用創造センターでサービス管理責任者を務める萬谷はるみが、日々の相談の中で大切にしている「対話」への思いと、人間の回復力を信じて寄り添う姿勢について語ります。
「会話」と「対話」──つなぐものと、深めるもの
本日は「対話」をテーマに、萬谷さんのお考えを伺いたいと思います。はじめに、「会話」と「対話」の違いは、どこにあるとお考えでしょうか。
どちらもとても大切なコミュニケーションの手段なので、両方を大事にしています。会話は、日常的なおしゃべりという感じですね。一方で対話は、その方の考えや価値観に触れながら、その方がまだ気づいていないであろう新しい気づきにつなげていくもの。それを大切にしながら、丁寧にお話ししていくことを心がけています。会話は関係性をつなぐもの、対話は関係性を深めるもの、という意識で行っています。
なぜ、日常的な会話も大切にしつつ、特に「対話」を重視しているのでしょうか。
たとえば「モヤモヤする」「心がざわつく」というとき、自分は何でそう感じているのか、何がそうさせているのかを一人で考えていると、なかなか整理がつかないことがあります。そんな時、誰かに話を聴いてもらい、自分の言葉で話すことで、徐々に気持ちの整理がついていく。そういうことがあるので、対話を大切にしていきたいと思っています。

自分を脇に置き、ありのままを受け止める
訓練生から相談を受ける中で、萬谷さんが一番大切にしていることを教えてください。
メンタル的な部分の相談は、そもそも相談しづらいものですよね。私自身もためらうことがあります。だからこそ、相談とまではいかなくても、「ちょっとモヤっとするな」「心がざわつくな」というとき、「ちょっと話を聴いて欲しい」という気軽なところから入っていただくことが多いです。
そのうえで一番大切にしているのは、まず私自身の価値観や考え方を脇に置いて、相手の方の思いに寄り添って話を聴くことです。その方のありのままを受け止める。「こうした方がいい」という助言をするのではなく、丁寧に話を聴かせていただきます。時には、その方がお話しする中で、ご自身でも気づいていなかったことに気づいていけるような投げかけをしています。
その相談の時間は、訓練生にとってどんな場となればいいなと考えていますか。
まずは、なかなか人には言えなかったことを、ここでは話してもいいんだと思っていただける空間をつくりたいと思っています。空間もですし、信頼関係も築いていきたいです。話のきっかけは表面上に出ている現象でも、その心の奥にある、ご本人が気づいてもいない潜在的な価値観や考えに触れ、ご自身が気づいていける。そんな場にしていきたいです。
「当たり前」がほどけていくとき
これまでに、具体的にはどんな相談がありましたか。
「これを相談したい」と明確な方もみえますが、多くは「最近、なんだかやる気にならない」「最近イライラする」というところから始まります。「それは例えばどんな時ですか?」と具体的なエピソードをお聴きし、「その時はどういう気持ちだったのでしょう?」と伺っていくと、「自分はこうしないといけないのにできていない」という価値観や、白黒思考、「こうしなければならない」というとらわれになっている方もいらっしゃいます。
ご自分の気持ちを整理する場でもあるのですね。
そうですね。自分だけで考えていると思考がぐるぐるして、余計にモヤモヤしてしまうこともあります。でも、誰かに話を聴いてもらうことで、気持ちの整理がつくこともありますね。
そうした相談の中で、相談者が「自分はこう思い込んでいたんだ」と気づく瞬間は、どのような形で現れると思いますか。
面談の中ですぐに気づきを得て、すぐに改善できるということは、少ないんです。話を重ねていく中で、「もしかしたら自分は、しなきゃいけないと囚われていたのかも」という、ちょっとしたほぐれが芽生える。「絶対にこうだ」と思っていたことが、「もしかしたら違った見方もできるんじゃないか」という気づきに、時間の経過とともに、また話を重ねていく中で、徐々に変化していくことが多いです。時には「ハッ」と気づいて、「え、これって当たり前じゃないんですか」というお話になることもあります。
たとえば、その方の生い立ちや経験、考え方から、「お風呂は毎日入らないといけない、入れない自分はなんてダメなんだ」と、ご自分の価値観やこだわりから、できていない自分を否定的に捉えてしまう。物事に良い・悪いの判断をつけて自分を責めるようになり、それが負のスパイラルになっていくケースがあります。そこで、「お風呂は毎日入らないといけない、と思ってみえるんですね」と投げかけると、その方は「え、当たり前のことじゃないですか」という思いに気づかれる。そこで「当たり前に毎日お風呂に入ることで、これまで清潔さや気持ちよさを感じてこられたんですね」と話を膨らませ、「もしかすると、別に毎日入らなくてもいいのかも」と、少しずつほぐれていく。「もしかしたら」を増やしていくイメージです。
それは自己肯定にもつながっていきます。肯定とまではいかなくても、「入れなくても仕方ないか」と、今の自分を許せる、認められるようになってくる。いくら周りがその方を認めていても、ご自身が否定的にとらわれていると、なかなか次の段階には動きにくいんです。

教えるのではなく、「気づき」を待つ
その気づきのために、萬谷さん自身は、どんな質問や関わり方を意識してお話ししていますか。
まずは、その方の表面上に出ている言葉の奥に、どんな感情や考え方があるんだろうと、イメージし、想像しながら話を聴かせていただいています。感じていること・考えていることを受け止めて、「こうするといいですよ」という助言はせず、その方が「こうしてみよう」「こうしていきたい」と思えるような投げかけをしていきます。
決して現状の良い・悪いを判断するのではありません。その方が今置かれている状況は、そうせざるを得ないからそうなっているのであって、決して悪いことではないと思うのです。ただ、真面目な方や、「こうあるべき」という思考にとらわれている方は、当たり前のことができていない自分は良くない、と考えがちになります。だからこそ、良い・悪いではなく、今こうなっている自分を、まず認められるといいな、という思いで話を聴かせていただいています。
「べき思考」にとらわれている方の中には、自分の価値観に気づいていない方もいらっしゃいます。なぜそのような考え方になっているのか、またその考え方は正しいと思ってみえる方もいます。それが窮屈になって、しんどくなって、自分を責めたり、あるいはそうしないといけないと思うがあまりに他人を責めてしまうこともあります。そこで苦しんで、人間関係をこじらせてしまう方もいらっしゃいます。
だからこそ、「なぜそのような考え方になっていったんだろう」というあたりを、話を聴かせてもらいながら、投げかけながら進めていきます。表面上に起こっている現象だけではなく、なぜそう考えるようになっていったのか、その過程を一緒に探りながら対話することで、気づきにつなげていきます。ただ、中には、こだわりや考え、「べき」という思考が強く、反発なさる方もいらっしゃいます。「そうあるべきが正しい、正義だ」と、なかなか自分の考えを変えようとなさらない方も、もちろんいらっしゃいます。それも受け入れつつ、何かがあるごとに振り返りをしながら、「ここはどういう思いだったのでしょう」と投げかけ、丁寧に聞き取ってほぐしていく、という感じです。
対話の中では、これまでのことも話していくのでしょうか。
可能であれば、無理のない範囲でこれまでのことも、伺っていきます。その方がそういう考え方になったのには、経験や生い立ち、もともと持っている思考傾向もあると思いますので、そのあたりも聴かせていただきながら、整理をしていきます。話を聴かせてもらったり、投げかけたりすることで、お互いに気づきを得ていく時間にしています。
感情が入ってしまう方も、いらっしゃいますよね。
そうですね。感情が溢れだす方もみえます。たとえば表面上に怒りの感情が出てくる方もいます。その怒りの根底には、どんな感情があるんだろう、と想像します。よく言われる「氷山の一角」というたとえがありますが、表に出ているのは本当に一部で、その奥にあるもの、氷山の根元、深くにあるものは何だろう、と想像しながら傾聴します。ただ、なかなかそこには触れられたくない、向き合いたくないという方もいらっしゃるので、話してくださっている様子をうかがいながら進めています。

「しんどいの?」──私自身が投げかけられて
自分のことは見えていない、分かっていないことがありますよね。
そうですね。投げかけられることで、初めて考えることができる、ということがあります。私自身のエピソードをお話ししてもいいですか。実は私も経験があって、もう十数年も前のことですが、子どものことで悩んでいた時期がありました。愛しいわが子が悩み苦しんでいるのをそばで見ていて、母親である私も胸が締めつけられる思いでした。「とてもつらいです」とある方に吐露したとき、「(子のことなのにあなたが)つらいんですか?」と投げかけられたんです。
その時は「当たり前じゃん、親なんだから。大切なわが子が苦しんでるのに親もつらいのは当然でしょ」と思って、正直、その方に反発しました。でも時が経つとともに、「あぁ、私は子どもの悩みを、自分のことのように思っていたんだな。子の人生を自分の人生と重ね合わせ過ぎていたんだな」と気づいたんです。自分の悩みと子どもの悩みは別もの、親子であっても別の人生を歩んでいる、と分けてみることで、子との関わり方を変えることができた。——そんな経験をしました。
このことからしても、当たり前だと思っていることが、ちょっと投げかけられることで、その時はスッと入らなくても、「もしかして」という考えるきっかけが、どこか頭の片隅に残っている。それが数年後に「あ、あの時の」と結びつくタイミングがある、と思うんです。それを実体験しているからこそ、今、相談を受けるときも、その方の回復力、考える力を信じて、その時には効果がなくても、丁寧に聴き取り、投げかけ、対話をし続けることで、何か変化が起こるのではないか。その方が「変わりたいな」と思ったタイミングで変われるといいな、と思って、対話を続けています。

変えようとしない。信じているのは、その方の「回復力」
「こうあってほしい」という期待や希望は、関わる側にもどうしても生まれてしまうものだと思います。そのうえで、ご本人自身が気づいていく、というところが大切なのですね。
はい。「しなければならない」という自分の考え方を一旦横に置いておいて、自分自身を見つめ直す時間になるといいな、と。その気づきのお手伝いができたらいいな、と思っています。
「私はこう思う」と対話の中で言葉にできたことが、ご自身の気づきにつながる、ということでしょうか。
そうですね。自分の中では、自分の感情を分かっているつもりですし、一生懸命なんですよね。一生懸命やっていると、自分のまっすぐな考え方しか思い浮かばなくなる。それを、いろんな角度から物事を見られるようになっていく、その何かきっかけづくりができたらいいな、と思っています。
私が一番大切にしているのは、私がいろいろ操作していくのではない、ということ。根っこにあるのは、その方の「回復力」です。人は人と関わったり、いろんな話や経験を重ねることで、考え方は変わっていきます。ペースは人によって違いますが、必ず回復していく。「回復」というと、今が良くないように捉えられがちですけれども、決してそうではなくて、その方が「こうなっていきたい」という思いに近づいていける力を、私は信じています。
「心のお守り」のような存在でありたい
対話を大切にし続けてきて、今、改めて思うことは何ですか。
まずは、なかなか周りの人に話しづらいことでも、ここでは話していいんだ、聴いてもらえるんだ、という安心感を持ってもらえるといいなと思っています。そういった信頼関係を築いていくことで、ご自身が今後生きていく中で、たとえばここを卒業して就職をしていった後でも、何かモヤっとしたり、心がざわついたりした時に、「あそこに行って話を聴いてもらおう、話を聴いてもらえる」と思うだけでエネルギーになっていく。そういった安心できる場所、心のお守りみたいな存在でありたいなと思っています。
指導するのではなく、対話することで、ご本人が気づいていく、ということですね。
そうですね。もちろん、お仕事上は、支援員と利用者さんという関係性でお話しさせてもらいますが、ここではそういった立場は取っ払って、人と人同士で寄り添い、向き合いたい。私自身も、いろんな方の話を聴かせていただくことで、自分の価値観に気づくこともありますし、多角的な視点で物事を見れるようになりつつある。進行形です。日々勉強です。相談を受けることで、皆さんから教えてもらうことが多くあります。これは本当に、人と人、対等な立場だなと思っています。
最後に、私が一番大切にしているのは、何かあった時に、「あそこに行けば話を聴いてもらえる、何とかしてもらえる」と思っていただける、心のお守り、心の支えとしての存在として、この事業所のスタッフであり、事業所でありたい、ということです。

インタビュー対象者プロフィール
萬谷 はるみ 氏
NPO法人 障害者雇用創造センター サービス管理責任者
見学・体験から就職後の定着支援まで、一人ひとりに寄り添いながらサポートを行う。「対話」を通じて本人が気づきを得られるよう丁寧に関わり、その人の「回復力」を信じることを支援の根幹に置く。「何かあった時に話を聴いてもらえる、心のお守りのような存在でありたい」という思いで日々向き合っている。
※この記事は2026年7月の取材に基づいています
取材:福本 / 撮影:松浦 / 編集:細野・平賀
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